*第一話『穴』*早朝と彼女-1ページ-
まだ、朝日が昇って間もない頃のとある下町の商店街。
大きなアーケード越しに、うっすらと日の光が差している。当然人通りもまばらだ、ただ、それぞれの店は開店準備をしているらしく、豆腐屋からは大豆を洗う音が聞こえるし、総菜屋からは香ばしい香りが立ちこめている。
商店街の一番奥に、ただ一つだけ普通の店とは異なる店舗がある。
コンクリート造のその建物は、周囲の店より現代的に見える。
中央に大きな自動ドアがあり、そのドアを抜けると左右に分かれる廊下がある。
右側は管理人の住んでいる部屋へ繋がっており、左側は階段になっている。
階段を昇ると、大きな看板に出くわすだろう。『藤心探偵事務所』と書かれた看板だ。
踊り場を出ると左側へ続く短い廊下がある。そして突き当たりのドアがその探偵事務所の来客室兼居住スペースなのだ。
居住用スペースも兼ねているので、もちろん、この探偵事務所の所長はここで寝起きしている。普通なら、まだ眠っていてもおかしくない時間帯だ。だが、彼女の場合は違う。
目覚まし時計がアナログな金属音を鳴らしている。
その音は、本棚に囲まれた小さな部屋を反響し、寝入っている彼女を否応なしに目覚めさせた。床に置かれたその目覚ましを、一本の細い腕がたぐり寄せた。その腕は無造作に積み重ねられた布団から伸びている。